ぬいぐるみパパのブログ

脳と心と感情の仕組みを攻略すれば頑張らなくても夢実現できる🌟 夢を叶えるバーチャル伝道師、ぬいぐるみパパです。みんなと一緒に楽しく夢実現する為に、メンタルやマインド、世界や経済の秘密を学生さんにも分かりやすくテキトーにお伝えしてます。20年以上究極の自由を追求してきた結果、現在は幸せなぬいぐるみライフを送っています。

思考パターンを上書き、「~しなきゃ」が「~したい」に変わると成功できる

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ぬいぐるみパパのツイート解説、本日はこちら
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「〜しなきゃ」という発想は夢実現には一番邪魔です
外側から急かされるような感覚がすでに自分のやりたい事を見失ってる証拠
焦らずのんびり好きな事を自分のペースで進めてるうちに、自然と「〜したい」という想いが浮かび上がってくる
それを夢中で追いかけると、気がついたら夢実現してますよ

ということなんですけど、これはすごく僕自身が心がけてた事で。

まだ若い頃、十代かニ十代ぐらいかな?こういう夢実現とか成功を意識し始めて

その頃にやっぱり色んなビジネス書を読んだり、経営者の先輩方から色々教わってた中で、ここが僕にとって一番のネック、というかポイントだなってすごく感じて、自分でも意識してたので。

というのは、(いつも色んな所でお話するんですけど)もう小さい頃から周りの大人を常に気にする子供だったんですね。

で、優等生でいなきゃ、いい子でいなきゃ、素直に言うことを聞かなきゃ、っていう「良い子を演じる」癖がついちゃってて

「自分は何をしたいのか」という自分主体の気持ちというのはもう完全に麻痺しちゃってる状態。

指示に従うというか、命令に従うっていう気持ちのみで(元々の性格もあるんでしょうけど)

それが結局は脳の中で反復され、ずーっと繰り返し繰り返しって自分の中で習慣化されちゃって、平常時の思考パターンになっちゃってたので

(「したい」じゃなくて)全部が「しなきゃ」

自分がやりたくて始めたものも、無意識のうちに全部「しなきゃ、しなきゃ、しなきゃ」の考え方になっちゃう。

で、それに従うことが正しいと思い込んでたという、呪縛というか自己洗脳(というとちょっと過激な表現ですが)

それがあったので、やっぱりいろいろ勉強するうちに「これではまずいな」と自覚が出てきて。

勉強っていっても、学校のお勉強というより、自己成長する為のメンタルトレーニングとかコーチングとか実践的なものですね。

いろんなことを勉強してきましたけど、そうやって夢実現、自己実現に対して真剣に取り組むようになり

本当に自分のなりたい自分、自分が人生で楽しく幸せに、自分なりの「こういう風に生きていたい」というビションが明確になってきて

それを目指すようになった時に、「ここ(しなきゃの思考パターン)を一番に軌道修正しないといけないな」って痛感したんですね。

でも、本当に初めの頃はどうしていいか分からなくて、手探り状態だったので、まず口癖を直すようにしました。

いっつも「しなきゃ」っていうのが本当に無意識に出ちゃうので、当時は婚約してたのかな?今のママさん(奥さんですね)、当時の彼女に

『しなきゃっていう言葉、もしくはそんな素振りが見えた時に、ちょっとサイン出して!』とお願いしたり

周りの人や家族、友達に協力を呼びかけて、自分でも強烈に意識して。

こういうのが僕のいつものパターンで、本当に泥臭いことなんですよ、自分の習慣化してしまった思考を書き換えるのって。

いつも「絶対に仕組みは簡単なので、上書きできますよ」って皆さんにお話ししてるんですけど

まぁその通りで、仕組みは簡単だけど、実際にやる事ってのは本当に泥臭くて。

目に付くところにメモで書いたりとか、色んな所に常に意識できるように、忘れたらまたそこに戻れるように、メモ紙をペタペタ貼ったりとかよくやりました。

常に常に自分で意識してて、「しなきゃ」思考を徹底的に修正した。

(って意識してるのも、しなきゃっていう発想だったのかもしれないですけどw)

「しなきゃ」って出てきた時に、「いやいや、『したい』でしょ」と。

まず、気持ちが追いつかなくても、言葉を修正しよう。

思考パターンを修正して、上書き上書きしていこう、と手探り状態でやってたのを今でもすごく覚えてますね。

で、「しなきゃ」がフッと出そうになった時に「違う違う、したい!しなきゃじゃなくて、したいんだ!僕はしたいんだ!」と自問自答したり、自分に繰り返し言い聞かせてたんですよ。

そうすると、面白いことにある時から小さな変化が起こり出して

もう毎日毎日それを繰り返してると、「あれ?本当はどっちなんだろう?」って

ポカーンってなる瞬間が来て。

「しなきゃ」を「したい」に変えるって、表面上の顕在意識を上書きしよう上書きしようとしてたら、なんだか納得いかない本心(潜在意識)が反応したんですね。

誰にでも、自分の中に顕在意識と潜在意識で異なる部分が必ずあるんですよ。

そこの部分が混乱というか、ポカーンとクエスチョンマークが浮かんで、「本音はどっちなんだろう?」と考えるモードに入るっていう感覚もありましたね。

そうすることによって、本当の意味で潜在意識ごと書き換えるプロセスに繋がっていくと。

ま、どっちが先とか後とかっていうのは人によって違うかもしれないですけど

ようは「『しなきゃ』という習慣は修正しなきゃいけない」っていう、問題意識を持つことが全てのスタート地点

そして「したい」に変換する、これは口癖を変えるでも、思考パターンを上書きするって発想でも、どっちでもいいんですけど、それも大事なことだと思います。

でも、本当に大切なのはそこじゃなくて、その発想自体、その想い自体が「本音か本音じゃないか」の部分

もっと内側の、自分の本心の部分

いつも言ってるように、本心の部分と向き合って、「本当はどっちなの?」という、ちょっと穏やかに自分と対話する時間を持つようになったんですね。

「本当にやりたいんだったらやればいいけど、やりたくないんだったらやらなくていいはずだよね、キミの人生なんだから」と自分に問いかける

本当はどっちなの?本当は何がしたいの?って自分との対話を繰り返していくうちに、焦りで「しなきゃ」って思い込んでたんだなーという風に自分を認識というか再確認する、その繰り返しですね。

だから、上書きすることも不可能ではないんだけど、それと同時に内面に降りていって、自己対話を続ける。

本当はどっちなんだろ?

本当にしたいことは何なんだろ?

もっと焦らず、ちょっと肩の力を抜いて、落ち着いて見てみよう

本当にキミのやりたい事、本当にキミがこの人生で成し遂げたいことって何だろう?

みたいなのを、時間をかけて、ちょっと浮き足立ってたのを「ふーーーぅ」と呼吸を下の方に降ろして、意識を下の方に降ろして、地に足つけて考える

という時間が、結果的にすごく大事だったなぁと。

それをニ十代の頃、ずーっと続けてたなぁという思い出がありますというのを紹介してみました。

ぬいぐるみパパでした。



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脳内で満たされたら何もなくても幸せになれて成功しやすい

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人気がある人、お金がある人、技術がある人、どんな人でも私には○○がないから幸せになれないという意見が必ず存在します
つまり「何があれば幸せになれる」という答えはどこにもありません
逆に言えば「何もなくても幸せになれる」も成立します
実際先に脳内で満たされてからのが成功しやすいです

ということで、これは本当にそうなんですよね。

人気がある人は必ずしも心が満たされてるかって言うと、そんなことない。

お金がある人もしかり、得意分野がある人、技術がある人、知識がある人、何があっても「私にはあれが足りない」って言い出したらキリがなくて

だけど、持ってない人はその感覚がわからないんですよね。

なので「自分には何々がないせいで、今満たされてない、幸せではない」っていう考え方が本当に多くて、世の中に充満してますが

僕がいつも言うのは、幸せになるとは心の状態なので、物理的な条件や何か知識、技術なんやかんやってのは一切関係ないんです。

心の状態で、今その瞬間あなたが幸せと感じるか感じないか

満たされてると感じるか感じないか、それだけのことなんですよ。

これは、思考回路というものが今までの習慣によってできてるので、ないことを前提にモノを考えてしまうパターンがずっと続けられてきてる。

これ、世界中どこでもそうなんですけど、現代の日本人は特にその傾向が強い気がする。

世界的にいうと、例えば(一概には言えないけどあくまでも事例の一つとして)、日本の教育には特徴があって「問題があって正解を求めさせる」という形式

例えば算数だと○+○=を答えよ、とかね。

「1+2=3」の3を答える、答えとして3を求めよ、というパターン

式があって答えがある、だから式が問題として出て「答えを求めなさい」

つまり、式はもう出ちゃってるから、正解は一つしかないんですよ。

「これが唯一の正解で、これでなければ正解ではありません」という教え方なんですね。

日本だけではないですけど、日本は特にその傾向が強くて

「正解というのは絶対に唯一であり、それは先生や偉い人が知っている、大人が知っている」という世界観が概念として教育論の中に詰め込まれている。

なので、みんな「自分には正解が元々はないから、偉い人から教わるしかない」「自分にはない、だから上から得る」っていう刷り込みが入るんですよ。

これ、当たり前のことを言ってるようで、実は当たり前じゃなくて

海外を見てみると例えば、式の方が穴埋め問題や虫食い問題になっていて、「○+○=3」とかになっている。

そうすると、「=3」になればいいんだから、1+2でもいいし2+1でもいい、場合によってはもっと広げて1+1+1でもいい

「+」の部分も穴埋めになってたら、自分で勝手に掛け算にしちゃってもいいし、2.5+0.5でもいい、みたいな。

どんどんどんどん発想によって何パターンも正解がある、という教え方をする所もある。

国で分けるって訳でもないんですけど、そういう考え方もある。

そうすると、「この世の中に答え、正解は無限にあって、自分次第でどれを正解にするか決められる。選択肢はこちらにある」という考え方が刷り込まれる。

伝わりますか、これ?けっこう深い話になっちゃうんだけど。

それをちっちゃい頃から教わっていると、「世の中にはたくさん正解があって、自分で決めていいんだ」っていう考え方、モノの見方、物差しというか世界観がインストールされるので

それでずっと育ってくると「自分はまだ気づいてないだけで、探せば自分なりの正解がある」という、ある前提で世界を見始める。

(もちろん、そういう教育をしてたら絶対そうなる訳じゃなく、教育業界の一例ですけどね)

そういう感覚で、考え方次第で「ないから、ないから、ないから」って言い続けてたらずっとないまま。

だけど、「いや、あるけど気づいてないだけ」とか「気づくも何もなくて、今の状態が満たされてる」って思ったら、そこでこの世界はクリアってことなんですね。

このクリアの状態、「もうすでに満たされてる、私は幸せだ」の状態から商売を始めると、「私はもう十分幸せだから、もっとたくさんの人を幸せにしたい」って考えるのでどんどん成功しやすいというのはよくビジネス業界でも言われてて

ビジネスでも会社でも、「私は満たされてるからお客様にもっともっと」という考えが根っこにあって、お客様から奪うとか自分が得しようって発想すら生まれない

「なぜなら私はもう満たされている」、この感覚が先にあると物事がどんどんうまくいって成功しやすいというのもよく言われます。

もう全ては自分の頭の中次第、自分の気持ちの持ちよう、考え方次第っていうのが昔からずっと言われてることで

これって偉い人しかできないのか?成功してからじゃないとできないか?と言うと、実はあなたの、私の、気持ち次第、考え方次第で今からでも可能。

しかも、練習すれば誰でもできます、僕も練習しました。

お金がない頃から「いや、先に満たされてみよう」「満たされてる私はどういう選択をするだろうな?」という発想法をメンターに教わって

お金が稼げない頃から「でも満たされてる状態でモノを考えた方が絶対お客様は喜ぶ、良いサービスが展開できる」と思考回路を訓練する

っていうのは、すごく面白くて、人生にとても意味のある思考実験の一つかなと思って紹介してみました。

ぬいぐるみパパでした。



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過剰にプラス思考の人は深層心理で自分の一部を否定してしまいがち

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プラス思考も悪くはないですが、過剰な人だと「ネガティブは悪」と排除しようとします
人間は必ず両面持ってるので、片面しか見ようとしない人は深層心理で自分の一部を否定し後から必ず辛くなります
どちらを目指す、ではなく、何も目指さない
ただ自然体の自分に戻ると意識する方が楽になれますよ

ということで、何度も話す内容かもしれないんですけど

プラス思考、プラス思考とかポジティブ、ポジティブって言ってる人は、すごく肩肘張って、力が入っちゃってるなーっていう印象が伝わってくるんですよね。

で、「なぜそうならなきゃいけないの?」とも思うし、そうなろうとしてるってことは「今の自分を否定してる」ってことですよね、と。

なぞなぞのような、禅問答のようなことになっちゃうんですけど、「今の自分を否定しているポジティブって、本当のポジティブじゃなくないですか?だって否定してるんだもん」っていう話になってしまうんですよ。

なんかそれを良しとしている人、それに陶酔してる人とかもいるんですけど、それってしんどくないですか?

本人がいいならいいんですよ。

そういうノリが全然苦じゃなく逆に楽しくって、毎朝今日も頑張るぞ!って鏡見て「おっしゃー」なんて気合い入れたり、ジョギングして自分を引き締めてから仕事に行ってバリバリ働くとか

そういうのが向いてる人って確かにいるし、そういう体質の人っていうのもいるけど。

一番良くないのは、向いてないのに、苦痛で仕方ないのに、苦痛なふりを見せちゃいけないとか思って、すごく強く自分に鞭打つような人。

体を無理から鍛えてみて、メンタルは体を鍛えると鍛えられる!なんて「誰がそんな事を医学的に正しいと言ったんだ?」みたいな事を勝手にルールに決めちゃう人っているじゃないですか。

心が不安だから余計に「自分が大きく見せなきゃいけない、強く見せなきゃいけない」と思って、なんか着飾ってみたりとか、鍛えてみたりとか

自分を追い込んでみたりとかって、いろんなことを人間はするんですよ。

そんな人間の心を面白いなーって観測、観察できるようになると、ただただユニークというか、誰も間違っていなくて。

小馬鹿にするわけでも見下すわけでもなく、「みんなユニークな形で、面白い心の動きに沿ったアウトプットや自己表現をするんだなあ人間って」と眺めてるのが一番平和なのかなと僕は思ってるんですけどね。

だから、楽しくてたまらない!って言うんだったら全然いいけど、全員やる必要がある訳ではなく

「必ずしもそれが正解ではない」っていう考えは、絶対誰もが持ってた方がいいと思うんですよ。

ポジティブシンキングがいいと言われますが、それが正解というわけではない、と。

で、いつも言ってるのは、やっぱり心身のバランスは体調によっても気圧の変動や天候によっても当然変わりますし、バイオリズムとかもあるし

色んなことによって影響される、月の満ち欠けによっても影響されると言われてますし。

人間は自然と共に生きてるんだから、心が浮いたり沈んだりなんて当たり前のことじゃないですか。

「浮いてるところをポジティブと呼んで、沈んでるところはネガティブと呼ぶ」とかっていう発想自体がおかしいわけで。

そんなことなくて、心の動きも自然と共存して生きている状態の方がもっとも自然体だと僕は思っているので

都会派というわけではないだろうけど、なんかどっちかの極に発想が偏ってしまうのはすごく違和感があり。

例えはおかしいかもしれないけど、最新テクノロジーだけに囲まれた大都会での生活が大正解っていうのも極端だし

「いやいやいや、人間はもうそっちに走り過ぎた。資本主義に走り過ぎたから、大自然の中で全部を手放して、電気も原発も全部手放して、自給自足で生きていこうよ」って今さら言うのも極端すぎるし

そんなに決めつけなくていいじゃん、その真ん中でいいじゃん、と。

それが楽しいと思う人、それこそが自己実現だって人は全然否定しないですけどね。

「もっと普通に、肩の力を抜いてさ。楽しい人生を送ればいいじゃん」って

せっかくテクノロジーが進歩したんだから、テクノロジーの恩恵に預かったっていいじゃん。

だからといって、自然を忘れるというのはすごく偏ってるから、大自然の恵みに感謝しながら生きていけばいいじゃん。

ようは、僕がいつも言ってる「楽しいを追求」すればいいので、その人にとっての楽しいのバランス度合いによって、都会派と田舎派とか、お金主義と時間が大事、自由が大事って思う人がいるとか

そのバランスって、みんな違っていいと思うので。

なので、誰かをお手本にすることではないですよね、ポジティブとかネガティブとかって。

そんなのもなくって、最終的には(難しい考え方かもしれないけど)、どこも目指さない、何も目指さない

なぜなら、ゴールっていうのは自分らしさだから、と僕は思ってるんですよ。

自分の自然体、自分が全部の力を抜いて、ハァーって脱力して、「この私は、何も頑張らなくてもこの状態が理想形で、本来の自分なんだ」ってところに行き着く

結局はどこかに行くんじゃなくて、「今の自分って、ありのままというよりちょっと頑張り過ぎてて、本来の自分じゃなくなって不自然な気合の入れ方してなかったかなあ?」みたいところを見直していき

ちょっとずつ体と心の力を抜く、リラックスするっていう状態に行けたら、本当の心の穏やかさが感じれる。

生きてるだけで「あー楽しいなぁ」みたいな人生になっていけるんじゃないのかなと僕は思ってて。

ま、こんなのも一つの事例ですけどね。

それすらも正解でないですけど、「そんな風に僕はやってるのでみんなも参考にどうですか」という話です。

ぬいぐるみパパでした。



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自己否定するのを直そうとする発想は「そんな今の自分を否定してる」状態なので無駄が多い

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否定的な自分を直そうとする人がいますが、それは否定的な自分を否定する行為なので全く改善になりません
マイナスをプラスにする発想は大抵無駄が多くて失敗します
大事なのはゼロにすること
つまりマイナスを許し受け入れるところからです
無理にプラス思考を目指す必要すらありません

というのは、分かるようで分からないかなあと思ってちょっと解説したいんですけど

やっぱりみんな、ちょっと力んで、肩に力が入ったモノの考え方をどうしてもしてしまいますよね。

もちろん僕もそうだったから、ネガティブな自分はダメなんだ、ポジティブにならなきゃいけないんだ、自己否定しちゃいけないんだ、自己承認しなきゃいけないんだってね。

心とかモチベーションとかコーチングとか勉強すればするほど、そういう人って力が入っていくじゃないですか。

だけど、禅問答じゃないけど、「否定的でネガティブな自分はいけない」と言ってるということは現在の自分を否定してるってこと

強烈な自己否定を、より上から被せてるってことなんだよという、このなぞなぞのようなプロセスに早く気づくのが大事なんですよね。

そんなことを続けてたって(根本的には)何も変わらないっていう。

だから、そもそも僕はポジティブ、ネガティブっていう表現自体があまり好きじゃなくて、わかりやすいからどうしても使っちゃうんですが。

一番大変なのは、本質の部分を伝えたいんだけど、それを伝えるには長いお付き合いをしなきゃいけないという点。

もともと僕は先生なので、一番効率的なのは質問してもらうことだと思ってて

「それって、こういうことですか?」と聞かれた時に「それはもうちょっとこっちよりかな」と微調整、チューニング合わせするのが一番大事で

だから、パンパンって一方的に説明して「先生がこう言いました、丸暗記しましょう」という教育って全然意味が意味がない、というか効率悪い、偏ってしまうとすごく思ってて

直接のやりとり、コミュニケーションの中でしか本質って伝えられないと思うんですよ。

だから、そのためにはお互いが心を許し合った関係性を長く繋げなきゃいけないと思ってるので

一回や二回のやりとりで、大切なことが伝わるなんて全然思ってないので。

だから、まずは「話を聞いてみよう」と思ってもらうためにもある程度のわかりやすさが必要なので、ちょっと分かりやすくプラスとマイナス、ポジティブとネガティブという世間でよく言われる表現を僕も使ってしまうことはあるんですけど

本質的には、その発想自体をさっさと手放した方がいいと。

いつも僕は口癖のように言ってるんですけど、今の自分をあなたは嫌いだとしたら、その自分を丸ごと、嫌いなこともひっくるめて全部受け入れる

なぜかと言ったら、そういう環境でそう育っただけで、何も良い悪いないから。

人間のスペック、脳の仕組み、心の仕組みはみんな共通してるんだから、あなたと同じような環境で、あなたと同じような事を経験して、感じて、同じような景色を見て生きてきたら、みんな同じようになります。

だからあなたが悪いんじゃなくて、そういう環境だっただけで

環境が悪いわけじゃなくて、そう育てた親が悪いわけじゃなくて、「そういう環境でそうなった」という原因と結果があるだけ

ただそれだけのことで、それが嫌ならいつからだって上書きして書き換えることができる。

まずは結果を受け入れる。

事象っていう言い方をよくしますけど、当たり前の原因があって当たり前の結果があってこうなった、そういうインプットがあったからこういうアウトプットをする形になった、ただそれだけの事象を丸ごと受け入れる。

これを僕はゼロと表現したりするんですが、可もなく不可もなく、プラスもなくマイナスもなく、ただそういう存在、そういう形ができあがりました、ちゃんちゃん♪みたいな。

で、それが自分の好みじゃないんだったら、冷静に観察して「どの部分を上書きしていったらいいのかな」って考えればいいだけの話。

「それにはどうしたらいいのかな」って考えればいいだけの話。

過去は別に否定しようがケチつけようが何しようが変わらないんだから、変えられるのは自分の内側のみ。

脳の機能にデータを上書きしていけば普通に上書きされるし、思考回路っていうのは普通にただの習慣なので癖つければ全然変更できる。

世間で言うところの前向き、ポジティブシンキングってのが好きなんだったら、そういう習慣をつければ勝手にそうなる。

別に難しい事でも何でもないんですね。

で、そのために一番大切なのは、まず心の部分、感情の部分、押し殺しているトラウマになってる部分をきちっと否定しないで、毛嫌いしないで、怖がらないで見てあげる。

自分との対話っていうのが必要ですよね、という話なんですよね。

分かるようで分かんないかもしれないんですけど、だから今回まず伝えたかったのは「プラスとかマイナスって発想自体を手放す練習をしましょう」と

いきなりは難しいかもしれないけどね。

で、そのままを受け入れる。

原因があって結果があっただけ。

別にあなたが悪いわけじゃなくて、みんなそういう経験したらそうなりますよねっていうだけの話。

僕も散々ひねくれてたし、散々こじれてたし、それはしょうがない、誰も悪くない、みたいなね。

で、「そっから先、どうしたいか」だけの話、という考え方、モノの見方の練習という形でお話ししてみました。

ぬいぐるみパパでした。



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本当は成功よりも「生きやすくなればいい」と思っているけどお手本がない

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何も大それた成功なんて狙わなくていい
ただ生きやすくなりさえすれば、それでいいはずなんです
でもあまりにも周りにそんな手本がいなすぎるからみんな唯一の手本として成功者を目指してしまう
本当は、ほんのちょっとの自由で満ち足りるはずなんです
そして、それだけなら間違いなく誰でも実現可能です

というのは、僕が一時期躍起になって成功したい!(っていうのは深層心理では「成功しなきゃいけない」の裏返しだったりするんですけど)と思ってた頃の、自分自身の勘違いでもあり。

お金持ちになろう!とか成功しよう!とかっていうのを目指してた時期も正直ありまして

それが本当に自分の本音だったのかな?って振り返ってみると、全然そんなことはなくて

いろんな経験を積み、実際に成果を上げたり、色んな成功者の人達と関わったり、様々な場面を見てきた中で「いや、そうじゃないぞ?違うぞ?なんか居心地悪いぞ」と感じるようになって

僕はやっぱり自由になりたかっただけなんだ!ってことに気づいてから、すごく生きやすくなったというのがあるんですけど。

そりゃあ、世の中で成功と言われる所まで行くのはハードル高いですよね。

世間から言われるっていうことは、他人から評価されなきゃいけないじゃないですか、それも大人数に。

たくさんの人から認めていただくっていうことは、それはそれはすごい努力が必要だし、色んな障壁を乗り越えないとたくさんの人には認めてもらえないですよね。

で、それを目指すのも、本当にやりたいことだったら全然いいと思うし、それをゲーム感覚で楽しむのは全然アリだと思うんだけど

そうしなきゃいけないのか?って言ったら、必ずしもそうじゃなくて。

やっぱり心の勉強とかしてたら「(私は)なぜそんなに認めてほしいの?なぜそんなに承認欲求、承認欲求ってしてるの?」と自ら違和感を持つと思うし、自分自身を観察して、心の中の深いところに降りていくべきなんだと思うんです。

自己対話を続けていくと、結局「ちっちゃい頃に周りの家族や大人、本当に身近な何人かの人に褒めてほしかった、認めてほしかった」という記憶に行き着く。

ありのままの自分を「それでもいいよ」って言ってほしかった、ただそれだけなんですよ。

たったそれだけのことが叶わずに、感情を押し殺して、悔しくて悲しくて怖くてっていう思いを心の奥深くに封印してしまった。

その記憶がトラウマとなってたり、それが深いところに楔のように刺さっていたり。

で、そっから派生していって、価値観にちょっと歪みができたり偏ったりしていくんですよね。

最初は本当に一人か二人でよかったはずなのに、「いや、もっともっと、もっともっと」って、乾いたままの自分で水を飲んでも全然潤わない、癒されない。

だから、もっともっとって成功を目指してしまうというパターンがすごく多くて、世間では成功した人って言われる経営者とかに実際たくさん会ってみたら「この人、全然心の中は満たされてないなぁ」っていう人も確かにいて

楽しいことだけやって本当に毎日楽しそうな人ももちろんいるけど、その方が少数派だったりして

お金は持ってる、地位もある、って言われてても心がトゲトゲしてる人も本当にたくさんいて

「僕は本当にそういう人になりたかったんだろうか?」って改めて考えてみたら「いや、そんなことないな」と気付けたっていう有り難い部分もあるんですけどね。

成功を目指すっていうのも特殊な考え方なのかもしれないけど(まあ本人がやってみたいならやったらいいと思うし)

ただ、それとはまた別のベクトル、別の話で、世の中にはやっぱり人生のお手本が少ないから、上を目指すことが正しいと思い込んでしまうっていうケースも多々あるなってすごく感じるんですね。

本当に「何にも困ってないです。ただただ毎日楽しいです。別に大金持ちじゃないですけど、全然困らないだけのお金もあれば時間もあり、人間関係も恵まれて、本当に幸せです。ニコニコ」っていうような、心穏やかに生きてますっていう事例がないじゃないですか。

そういうのが様々なケースやパターンでたくさんあれば「やりたいんだったら上を目指すっていうのもいいかもしれないけど、なんか別にそこまでしたいとは思ってないし

それよりも、私はあの何々さんみたいに、ただただ満たされてる状態、不足や不満がない毎日が理想です。ただただ平々凡々と幸せ、平穏な毎日が幸せっていう風になりたいなー」と感じて、それで納得したらそれでいいはずなんですよ。

そっちの方が、明らかに近道じゃないですか、簡単じゃないですか。

そんなの誰でもできる、自分サイズの幸せを手に入れるなんて誰でもできるんだけど、その事例がないから分からないんですよね。

「あ、そんなパターンもあるの?」みたいな。

だから、いろんな人と出会って僕は確かにそういう(自分サイズの幸せを手に入れてる)人が存在したっていうのを知ってるし

何人も何人もいろんな人と会って、「それでいいんだ」と納得したこともあって、自分の思い込みを書き換えることができたっていうのもある。

なので、なるべく僕も特殊な事例の一つとして、皆さんにありのままの自分を見せていこうかなと。

別に有名になる気もさらさらないし、大きくなりたい、お金をいっぱい稼ぎたい、とかっていう感覚も全然なくて

ただ生きやすい、ただ楽しい、毎日を楽しいだけで埋め尽くしたい、という考えやそういうライフスタイルがあってもいいじゃん!ってね。

もちろん、僕が正解とは思ってないから、そうじゃない人がいてもいいけど

「こんなのもあったっていいじゃん」って

それって全然難しいことじゃないよね?

自分と向き合って、自分の本音を探るところから始めたらいいよね?っていうのをお伝えしたくて、こんなぬいぐるみをやっております。

ということで、ぬいぐるみパパでした。



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「自分は否定されるべき存在」という自我が確立してしまってる場合の対処法

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試しに自分を褒めようとすると途端に気分が悪くなる人がいます
自分を褒めるなんて発想自体が気色悪いと感じ、そういう話をする人を攻撃して逃げ出す人もいます
全て「自分は否定されるべき存在」という自我が確立している場合で、無理に揺さぶると精神不安定になります
ゆっくり溶かしていきましょう

これも、僕自身の過去を振り返った話でもあるんですけど

人間の心や脳の仕組みって、本当に追っかけると面白いんですよ。

みんな「自我」を持ってるんですよね。

自我っていうのは、「自分とは何か」ってこと。

自我がぐらつくと人間ってすごく不安定になる(と聞いてもピンと来ない人もいるかもしれないんですけど)

他者との境界線というか、他人と自分の区別がつかなくなるともう精神不安定になって、頭おかしくなっちゃいますよね。

「自分はこういう自分なんだ」「外側がこうで、入れ物がこうで、中身はこうなんだ」って、自分という個人の認識が確立してないと不安で不安で仕方ないっていう感覚があるんですね。

で、その自我っていうのは、過去の記憶からの積み上げで「自分はこういう人だよね」と脳がしっかり記憶しているから確立される。

例えば、記憶喪失になったらパニックになるじゃないですか。

「私って誰?」って(なったことない人が殆どだと思うんですけど)なったらむちゃくちゃ怖い。

本当に地面が、足元が消えるぐらい、怖くなるんですよ。

だって、「自分って何なのか分かんない」「この存在する自分の正体が分かんない」っていうのが、人間の最も恐怖する部分でもあるので。

その恐怖や不安が訪れないように、「自分ってこうなんだ、こうあるべきなんだ」と決めつける。

強い決めつけ、ちょっと語弊があるかもしれないけど、ものすごく強烈な「自分で勝手に作ったルール」みたいなのが自我なんですよね。

それって自分で作ったデータとして脳にインプットされてるので、逆の言い方すると自分で書き換えることも可能なんですよ。

その自我、「私とはこういう人、こうあるべきものなんだ」っていうのが形成されていく上で、よく思春期になると心と身体の成長のスピードに今までと違う差が生まれてくることで不安定になったりする。

そういう思春期特有の、バランスが崩れる事例やメカニズムを聞いたことある人とない人いるかもしれないですけど

心は今までのままなのに、体がいきなり急成長する

で、男性ホルモンとか女性ホルモンが一気に出てきて、体つきが変わったり声が変わったりして

それが精神にも影響を及ぼして、何なんだ?何なんだ?と不安定になる。

今まで無邪気に子供として生きてきたのに、いきなり大人になろうとする体、分泌されるホルモンバランスと心とが追いつかなくなってきて

時差というか誤差が生まれると、思春期っていう独特の悩みや不安が襲ってくる。

これって当たり前の人間のメカニズムなんですね。

こういうのを積み重ねていって、なんとか落ち着かせよう、なんとか納得させようとして、自分のルールをガチガチに固めて、なんとか大丈夫ってなる人とか

もっと他のパターンだと、考えることをやめると言うか、現実逃避する人もいて。

誰かの言うことだけ聞いて、兵隊のように指示だけ聞いて生きていれば悩まなくて済む、みたいな。

あえて空っぽな時間を作ってしまうっていう安心の仕方とかもあるかもしれませんが、いろんなパターンがあって

ようは、精神が不安定になるのが怖いから、そこから一生懸命逃げるために自分を固めようとする側面というのも実際にあるわけじゃないですか。

そんな中で、自分を承認する、自分を認めるっていうことができないのは、やっぱり「自分が認められるべき存在じゃない」というキャラクターを確立させちゃったからが故なんですよね。

そこには、認められなかった過去があって、承認してもらえなかった過去があって、「自分はそういうものなんだ」と

そこに自分のキャラクター、自分っていう存在が証明されてて、逆に褒められちゃったら過去からの延長上で生きてきた自分という存在が揺らいでしまう。

この「揺らぐ」って感覚、伝わるかな?

これを感じちゃうと、途端に心が不安定になったり、気持ち悪くなったりする。

実際に体調を崩す人もいるんですよ。

だから、褒められ慣れてない人を周りが褒めると、最初は気分いいかもしれないけど、だんだんだんだんなんだか人間不信になってきたり、動揺しだすっていう人も出てくる。

急に自分の心をなんとか力技で変えようするのも良くなくて、コーチングがどうとかモチベーションアップのセミナーがどうとかって(もちろん向き不向きがあるので)

強引に強い刺激を与えちゃうと、なんかバランスを崩して余計におかしな事になってしまうってケースも実際にあって

それは本人が自覚しているはずで、無理するっていうのが一番良くないんですよね。

脳の仕組みっていうのは、ゆっくりゆっくりとデータを上書きしていくようになってるので

新しい自分っていうのを作り上げるんだったら、これまでの考え方を徐々に徐々に溶かしていく。

僕はよく「溶かす」って表現を使うんですけど、徐々に徐々に思い込みを溶かしていき、徐々に徐々に心のブレーキを外していく

長丁場でゆっくりゆっくりというパターンでないと、心が不安定になったり、パニックになったり、ということもよくあるので

いつも言いますけど、「焦らずゆっくり行きましょうよ」ってね。

そのためには、楽しい環境でのんびり焦らずっていうのが一番、どの側面から見ても合理的

脳の仕組みでも、心の仕組みでも、人間としてのプロセスでも、どっから考えてもやっぱり「楽しい」っていうのが一番の最適解かなと僕は思ってるので、それを一番に勧めています。

焦らずのんびりゆっくり、楽しい人生を生きていきましょう。

ということで、ぬいぐるみパパでした。



※こちらの記事は全て音声メッセージの書き起こしです

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自己否定は自分自身が決めた「否定され役」という配役を演じ続けてるこじれた心理

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ぬいぐるみパパのツイート解説、本日はこちら
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自分を否定する人は「否定する役」を演じ続けてます
今まで否定され役としてのみ人生という舞台上に立ってきたので、役を失う=存在が許されないという複雑に拗れた心理が生まれ、結果自ら否定し続けることで安心します
本当は全て思い込みであり、今後は自分で配役を決められると理解しましょう

これ、わかるようなわからないような内容かもしれないんですけど…

僕自身がそうだったので、ここに気づけた時にすごく「謎が解明できた!」って感じて。

僕自身も本当に心がこじれてたので、メンターの先生に「キミは自分が十字架を背負っていることに気づいてない」と説明されて

「自分は罪人だと思い込んでいるところがあなたにはありますよ。だから自分の内面の感情と向き合わないと、このままこのパターンは抜けられませんよ」とずっと指導していただいて。

最初は全然意味がわかんなかったんですけど、確かにそうなんですよね。

自分を承認してほしい、認めてほしい、認めてほしいっていうのが、どんどんこじれていって

自己犠牲というか、「自分はこんなに惨めです、こんなに努力しても報われません」っていう、惨めなことをよりアピールするようになっちゃってたんですよ、最初の(心の勉強を始めた)頃。

子供の頃から癖になってて、そのまま本人は無自覚のまま大人になっていて。

で、努力しても報われない、自分はこんなに頑張ってるのに、というのをやたらアピールする癖が抜けなかった。

例えば、こんなに寝てないんだとか、こんなに私は苦労してるんだ、ひもじいんだ、とかをわざと強調するようなしゃべり方をしたりとか

「こんなに苦しいんだ」って苦しんでるところを見せて、不幸自慢をするようなタイプだったんですね、僕は。

何でそんな事をやってんのか、自分でもわかんない

でも習慣になっちゃってて、自分は無意識なんですよ。

だけど、確実に自分はこんなに惨めだ!報われないけどこんなに頑張ってる!ってアピールを延々と続けてて。

頑張りアピールがマックスに行くと、「頑張っても報われない、けど“それでも”頑張ってる」という頑張れアピールをするようになって

結果として「不幸自慢をする」っていう訳のわからないスパイラルに入っていき、しかも自分は無自覚だったっていうことがあって。

でも世の中を見渡すと、本当にそういう人が多いんですよ。

(心の勉強をして自分と向き合ううちに)自分に自覚が出てきて、その仕組みもわかってきた。

何だったのかというと、根っこには承認欲求があって

それは本当に核の部分、心の深い部分に「自分の親から認めてもらえなかった」という過去があったから。

どんなに優等生でも、どんなに頑張っても、言うことを聞いても、認めてもらえなかった頃の記憶が根強くあって。

親から受けた出来事の記憶って、すごく強烈なんですね。

幼少期からずっとずっと強く残ってて「もっともっと承認してもらわないと」っていうのが空回りしていくと、そういう風にねじれて、こじれて

自分の不幸自慢をすることで自分の存在意義を証明するみたいなことになってしまうんですよね。

ここで表現したように、「自分が生きている舞台上の配役として、自分は自己否定を続けていることをあえて選んで、さらけ出す」と言うか

「自分は罪人です。報われません。十字架を背負ってます」っていうキャラクターが唯一の存在意義、みたいな、おかしなルールを自分で作り上げちゃうっていう人間の心理、深層心理のプロセスがあるんですよね。

まさに僕が、そこにぴったりハマってたんで、すごく納得したんですよ。

で、ずーっとその感情と向き合っていくと、だんだんだんだんそれが緩んでいき

「あ、勘違いだったのか。思い込みで、自分で勝手に、鎖を自分でぐるぐるに巻いて、罪人なふりをして、ありもしない十字架を背負って

『私は幸せになちゃいけない。私は不幸であり続けるべきだ』って、自分で自分に呪いをかけたんだな」っていうのが、すごく分かるようになったんですけど。

この心の仕組み、一部始終を見てみるとようやく理解できるんですよ。

こういう人はすごく多いので、この話を聞いて自分と照らし合わせるだけで「確かにそうかもしれない」って感じることがあると思うんですよね。

そう思った人は、ずーっと自分の内側に向き合ってみる。

無理して「そんな自分を好きになる」とかっていうワークショップみたいのもあるんですけど、それはキツイでしょ。

いやいやいや、いきなり自分が大嫌いだった自分を「抱きしめてあげましょう」とか「好きになりましょう、心の中で褒めてあげましょう」なんて言われたって、気持ち悪くてできないよ!っていうのが当然なので

僕がそうだったので、いきなりそんな不可思議な綺麗事のワークやアファメーションみたいなことをやらなくてもいいけど

まず、「そういうことなんだ」って全体像を理解する。

心の中の仕組みとして、プロセスとして、根っこには承認欲求がある、とかね。

こういうのって自覚することから始まるんですよ。

「私はそんなことない」ってかたくなに受け入れないと何も変わらないんだけど、「確かに一理あるな?」ってとこから紐解いていって

「あ!そうだ!まさにそれだ!」と確信していってて、いつもお伝えしてるようにそういう環境で育ったんだから仕方ない、という事実を受け入れる

全てを丸ごと自覚する。

「確かに私は心が歪んでます。確かに私の発言ってすごくそういうところがあります。なぜかと言うと、ちっちゃい頃に満たされなかったっていう心理、押し殺した感情が残ってるから」と受け入れる。

確かにそうだなーっていうのを自覚して、眺める。

何も否定せず、そうだという事実を眺めるところから練習し始めると、どんどんどんどん緩んでいく。

自分で決めつけたルール、決めつけた悲劇のヒーローやヒロインのストーリーっていう、決めつけガッチガチのルールがどんどん緩んでいって

「あー勘違いだった…思い込みだった…人間の心理って怖い…」となってくると、パターンを繰り返すこともなくなるし

それが完全に緩くなると、逆に「心の仕組みって面白ーい」って思うようになるので、ちょっと参考に自分を振り返るきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

ぬいぐるみパパでした。



※こちらの記事は全て音声メッセージの書き起こしです

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