ぬいぐるみパパのブログ

脳と心と感情の仕組みを攻略すれば頑張らなくても夢実現できる🌟 夢を叶えるバーチャル伝道師、ぬいぐるみパパです。みんなと一緒に楽しく夢実現する為に、メンタルやマインド、世界や経済の秘密を学生さんにも分かりやすくテキトーにお伝えしてます。20年以上究極の自由を追求してきた結果、現在は幸せなぬいぐるみライフを送っています。

成功するまで自分の可能性を信じ続けてくれるのは自分だけ

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ぬいぐるみパパのツイート解説、本日はこちら
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もしあなたが将来成功するとして、その可能性にいち早く気づき、どんなに現状がまだまだでも大丈夫と常に応援してくれる存在と出会えたら最強に心強いと思いませんか
そんな存在は間違いなく実在します
僕もその出会いで人生が激変しました
誰よりも早く可能性を確信してくれる存在、それは自分です

と、なんだかカッコよく終わらせているような感じが、自分でも笑ってしまいますけど

これ、綺麗事じゃなくって、本当にそうだなって。

何度思い返しても「そうだなあ」と感じます。

結局、良いも悪いも、自分にしか自分の人生は判断できない、変えられない。人が何を言おうと。

だから、いい意味で言ったら、まずは自分自身で「あっちへ進むべきだ!」と確信して、諦めずに諦めずに(根性論っぽい表現はあまり好きじゃないんですけど)

やりたいんだったら、ずーっと自分が楽しいと思う範囲で、続けていけばいいだけの話で。

そうすると、楽しいこと、自分がやりたくてやってることだったら、どんだけ時間かかったって、楽しいままなんだから

「楽しいの延長上に、成し遂げたい夢実現があるよね」と思うし。

違う言い方をしたら、他の人が「お前には無理だ」と言おうが「いや、キミにその才能はないよ」と言おうが「バカねえ、何やってんの」って言おうが何しようが

自分が楽しければ、自分が「これでいいんだ」って確信してるんだったら、そのまま突き進めばいい

結果として否定した人、反対した人全部が間違ってた、「結局、自分だけあってたんだな」って気づく時がくるということ。

僕なんて、まさにそうですからね。

僕は自由になりたくて、僕は自分の好きに決断して、自分の人生を自分のやりたいように生きたくて

ただただ楽しく生きたくて

お金を稼いだこともあったし、地位や名誉、そういうのを手に入れた時期もあったけど、「そうじゃないぞ?僕は自由に、心穏やかに、楽しく生きていきたかっただけだ」と

「たとえ金が儲かろうが、ギスギスする生活、不自由な生活は嫌だな」と思って、手放した時期もあって

その都度その都度、変化、ターニングポイントの時期になると、周りの親だったり大人だったり、会社の仲間だったり、いろんな人が否定したり反対したり

「何考えてんだ」って言われることは多々ありました。

ありましたけど、「いや、僕は僕の本心、僕の心と向き合って、出た答えがこれだから」

何を言われようと「だって僕の人生、僕が幸せになる“正解”って、僕しか分かんないはずじゃん」って、いつも思ってたんで。

でも、でも、周りがそう言うのは分かる。

世間一般で考えたら、僕はおかしい、変わってるというのは、もちろん分かる。

だから、その人たちと争う気もないし、戦わないって決めてるので「そうですね、ご意見ありがとうございます」といつも言いながら

「でも、僕は僕のやりたいようにやらせていただきます」と。

で、結果として、呆れられる、見放される、見損なわれて去られる、ってことをずーっと繰り返してきたけど

僕の中では、「いや、僕は幸せになりたいだけだぞ。自由になりたいだけだぞ」って生き方を貫いてきた結果、今がある。

「本当に幸せに、やりたいことしかやらない」今がある、っていう、ただそれだけの、シンプルな事実なんですよね。

だから、その都度「あなたのためを思って言ってるんだよ」という人はたくさん現れると思います、長い人生で。

だけど、その人が本当に幸せかどうか、をまず見る。

僕は人を見抜く、っていったら偉そうかもしれないけど、人を見る時にいつも判断材料の一つとして、(まず自分の本音に正直に、自分の心と向かい合うことを最優先にするってのは当然ですが)

相手のアドバイス、相手の言葉を参考にするかどうかっていう時の判断材料として、僕がいつも心に置いているのは、「その言っている人の言葉が正しそうに聞こえようが何しようが、その本人が幸せなのか」

その本人の心は自由なのか、何か不満を抱えてたり、窮屈で縛られて、ストレス抱えてないか、その本人の心の状態を観察するようにしてるんですよ。

で、おかしなことを言ってるように聞こえても、ずっと心が穏やかで、心が満たされていて、何年も自由な生活、自己実現をしているなーっていう生き方をしている人の教えだったら、素直に「僕もそうなりたいから教えてください」ってなるし

どんなに素晴らしいように、一見正しいように聞こえても、その人がストレス抱えてたり、本人がなんか幸せそうに見えなかったら、ちょっと方向性が違うかな?って思うようにする、ということを続けてきましたね。

だから結局、周りを尊重するし、大切な人たちと一緒に、大切な時間を、大切な人間関係を築いてはいきますけども

根っこには、自分の人生を理解して、それを「こっち行こうぜ」っていうのは自分の本心しかいないから、心の中との対話を続けるっていう

自分がどっちに進もうが、それで成功するか幸せになるか、最初に確信するのは「自分しかいないよな結局」ということですね。

こんなのを、あまり感情を荒立てるわけでもなく、高ぶってテンション上げるでもなく、淡々とこういうことを眺めれる状態

「そらそうだな」って思えるようなメンタリティというか、マインドっていうか、その精神状態が一番理に適ってるんじゃないかな、と思って紹介させていただきました。

ぬいぐるみパパでした。


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価値ある情報こそ共有すべき時代になってきたので進化し続ける意思を持とう

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ネタやノウハウを出し惜しみする方は「自分が進化し続ける自信がない」のかもしれません
この流れの速い時代に、自分自身が成長し続ける意思がなかったら何の成果も得られない気がします
なので僕は得た知識は素晴らしいものほど速攻シェアします
明日の自分はさらに進化してることを知っていますから

という投稿、ちょっと表現がトゲトゲしてるかなーって自分で読んで感じたんですけど

この時、こういう風にメッセージを投げかけたかったんだろうな、という背景は見て取れるんですけども

これだけ世の中が、SNSで繋がって、誰でもインターネットで検索すればどんな情報も出てきて、しかも本当に数年前と変わってきて

価値ある情報こそ、より無料で公開することによって、注目を集めて登録者数やフォロワーを集めた方がもっともっと面白いことができる、みたいに情報の価値ってどんどんも急速に変わってきてますよね。

それこそ、僕が15年前にインターネットの世界に来て、ビジネスをしていた頃は、まだまだ情報の価値ってのがすごくあって

元々教育業界にいたので、「情報とは何か」その価値は分かってたんです。

情報を教えることによって仕事が成り立っていて、自分が知っていることを知らない生徒さんに教える、しかもわかりやすく伝えることで、お月謝を払っていただいて、生活が成り立つ、商売が成り立つっていう

教育業界って、そもそもが情報コンテンツですからね。

価値はわかっていたけど、それがもっと手軽に、気軽にやり取りできる、っていうインターネットの世界はものすごいなと(当時)感じて

それが文章、テキストだけじゃなくて、音声でも届けられる、そして動画でも届けられるようになってきたのが今の時代。

情報自体に価値があるっていう時代から、情報を発信する人、誰がその情報を発信するのか、が重要になってきた時代。

で、その情報を、より有益なものほど人にシェアすることで、「この人は信用できる」となる。

信用を勝ち取るための材料として使った方が、それ単品で情報商材とか情報コンテンツとして、商品として販売するよりも効果的で

信頼を勝ち取って、フォロワーさんや登録者さんを勝ち取って、人脈を作っていって、コミュニティを育てていく方が、もっと有益に、何か新しいことやプロジェクトができるんじゃないか、って発想にどんどん世界が動いているように僕は感じてるんですよ。

なので、誰かが出し惜しみしようが何しようが、良い情報ほど勝手に広まっていく。

元々この世界で「誰か、普通の一般人が思いつくようなことは、どっかの天才はもう何十年も前に気づいてる」みたいなことはよく言われるので、普通の人が思いつくこと、発見することなんて、もうとっくに出尽くしてるっていう世の中なんですよね。

だからこそ、「これは相手にとってプラスだな」とか「これは誰かのお役に立つな、誰かが喜んでくれそうだな」って情報を見つけたら、すぐシェアする。

もちろん、見返りなんて期待せず、どんどんどんどん提供することで、信頼関係だとか人間関係、絆を深めていく。

「そっちに使った方が絶対得だよね」っていう風に、世の中が流れてきている気がしませんか?

本当に、今さら検索すれば何でも、どんなやり方も出てきますよ。

なので、やり方自体に価値はほぼほぼもうなくて、もっと言ったら、僕はたまたま英語ができるので、海外から情報を持ってきたりもできるわけじゃないですか。

そうすると、(情報は)本当に何だって手に入るっていう感じですよね。

そうなってきたら、情報自体を出し惜しみするとか、思いついたことを「俺一人得してやろう、シメシメ」ってすることに何のメリットがあるんだろう?っていう。

一人単位、一人称で考えるんじゃなくって、世の中がどう動いていくか

これだけIT、インフォメーションテクノロジーが(そもそもITがインフォメーションテクノロジーの略だっていうことすら若いコは知らないぐらい古臭い)当たり前に広く使われてて

情報化社会ってのも、僕が本当に10年20年前に、インターネットが広がり始めた頃に「これはすげぇ!!」と思った世界なんて、もうとっくに浸透しきっていて、 「SNSネイティブ」とか言われる時代じゃないですか。

個人が、普通の人が、普通に情報発信できる時代に、情報自体をどう使うか

そして、それを本当に「何のために使った方が価値が出るのか」っていうところを考えるというのは、すごく大切なターニングポイントなんじゃないのかなって日々感じていて。

なんか、誰かが得すること、自分が得することを思いついたら、実践してみて、結果が出たら、すぐにそれを仲良しの人に勧める、だったり

どんどん広げていく、っていう方が生きやすい時代になってきてるんじゃないのかな、と。

そのためには、自分が常に常に「全部出しちゃう」わけだから、全部自分が空になっちゃうわけだから

それができる精神状態っていうのは、何にもしがみつかない

何にも執着しないで、どんどんどんどん自分が楽しく学んで、楽しく成長していく、っていうことが前提だからこそ、今してることは全部お伝えしますよ、っていうことができて

そのスパイラル、循環に入っていると、どんどんどんどんこれからの、とんでもなく変化の早い、新しい時代が来ると言われてても、全然楽しく、気軽に、気楽に、その波に乗っていけるんじゃないのかな、という自分の経験則も含めてこんな話をしました。

ぬいぐるみパパでした。


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本当に楽しい好きな事に夢中になれば外野からの声も一切気にならなくなる

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チャレンジする人を笑ったり、そんな人を笑わないで!と叫んだり巷では色々声が飛び交いますが、はっきり言って「夢中になるとそんな事も気にならなくなる」
これが楽しいを追求する夢実現法の最強たる理由だと僕は確信してます
無視する訳でもなく、そもそも聞こえない、気にならない、前しか見えない

っていうのが、僕の持論ではありますね。

気になってしまう、っていうのが悪い訳ではないんですけど、もう気にしてたって仕方ない、というのも一つありますし

いろんな批判を受ける、アンチがどうのとか、攻撃を受ける、で「そんなのに負けるんじゃねぇ、そんなの俺だってそうだった」とかアドバイスする人もいて、色々ありますけど

そんな人は「負けてたまるか精神」で頑張る、っていうことじゃないですか。

それは、ストーリーとしては面白い、素晴らしい、感動もの、なのかもしれないけど、僕はあんまり好きじゃないんですよ。

なぜかって、いつも言うように、もともと僕は子供達に教育を教える、教育者、先生の立場でいたから、僕のメッセージ、僕のやり方、考え方が、次の世代、次の世代って、子供達に連鎖するんですよね。

で、「バカにされたからって諦めちゃいけない」「頑張って、努力で乗り越えるんだ」ってメッセージは、一見素晴らしいんですが、それって実は、ずっと頑張り続ける、ずっと挑み続けること前提で。

高みを目指せ!諦めたら負けだ!っていう強いメッセージって、かなり深いところに染み込むと言うか、グサッて刺さるような情熱のある想いじゃないですか。

で、それができる人ならいいけど、できない人もいるわけですよ。

そもそも、それを望んでない人もいるんですよね。

僕も一時期は、そういうのを目指してたんだけど、心を壊してしまったり、自分が頑張れない、できない状態になって、社会からはみ出してしまう経験とかもしてきて

そうなってしまったら、居場所がなくなっちゃうじゃないですか。

誰しもが、努力と根性で乗り越えろモードで成功する人ではなくて、みんな色んな個性があって、性格があって、もっとのんびりが性にあってる人もいる。

「いやいや、そんなに激しく、ガッツだぜ!根性だぜ!じゃなくて、私はただ穏やかに暮らしたいだけなんです」って人もいる。

頑張ってる人だけを称賛する世論、そういうメッセージの教育にしてしまったら、頑張ることにそもそも興味を持たなかった人がダメな子扱いされちゃうんですよ。

頑張れない人が劣等感を感じなきゃいけない空間になってしまう。

でも、そんなことなくて、走れるんだったら全力で走りたい人は走れよ、山登りたい気分だったら登れよ

だけど、ピクニックしたい人だっているじゃん。

のんびりお茶の間や縁側で、お茶飲みたいお菓子食べたい子もいるじゃん。

その子達が劣ってるとだけは言わないで欲しいというのが、僕の本音なんです。

だから、僕は「楽しい」を追求するんです。

誰よりも情熱を込めて。

だけど、その情熱をわかりやすい表現で「頑張れ!負けるな!」とは言わないのは、僕の本心がここにあるから。

誰もが心穏やかに、幸せになれる表現を追い求めていったら、「楽しいを追求する」っていう答えが出たんです。

突っ走るのが楽しいなら楽しんでくれ、山登りが楽しいなら楽しんでくれ

でも、のんびりするのが楽しいと感じる人もいるんです。

「楽しい」でくくっちゃえば、全員が正解になるんですよ。

で、それだけきちんと自分の本心と向き合い、本心から自分がやりたいこと、自分が好きなこと、楽しいことを追求する結果、夢中になったら周りのことが気にならなくなるから。

誰がどこを走ってようが、誰が先に結果を出そうが、誰が数字を集めようが、お金を稼ごうが、全然関係ないし。

「あいつ、あんなところで、まだあんな事やってるよ」とか、逆に頑張って走っていった人に「そんな無理しなくていいのに、気取って、ちょっと調子づいて、全力で走っててダセー」とかっていう人がいても、気にならないじゃん。

どうでもいいじゃん、こっちが楽しくて夢中なんだから。

本音の本音の楽しいを見つけて、そこに没頭して夢中になると、いい噂も悪い話も、全然興味がなくなって、もう本当にどうでも良くなりますよね。

その時に初めて、個々のペース、個々人の一番見たい景色、味わいたい空間、時間の使い方、大切にしたい生き方が見えてくる。

「生きる」ということを心の底から満足する、っていう人生を歩めるようになるんじゃないのかな、と思ってこんな話をさせて頂いてます。

というわけで、ぬいぐるみパパでした。


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自己表現と承認欲求がごちゃ混ぜになってる人が多い、だったらニーズに応えるべき

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多くの人が「自己表現」と「承認欲求」をごっちゃにしてる気がします
自分が表現したいものをする、本来それで完結するはずなのに「たくさん見て褒めてほしい」がくっついてくる
ということは、表現したいより承認してほしいが上回ってる状況ですよね
だったらニーズに応える活動をした方が話が早いです

ということをズバッと、いつも現実をそのまんまお伝えするようにしてるんですけど、なかなか誤差があって

「お前は何もわかってない」みたいな言葉を以前(最近はもうないですけど)よくいただくことがあって

良かれと思って、僕はお役に立てればと思って、お話をしている時に「クリエイターとはそういうもんじゃない」とか「ニーズに応えるとかはアーティストとして違うんだ」みたいなことを意見として頂いて

それは貴重な意見だな、と思って、勉強させていただくってスタンスで、僕は別に上から物申すようなスタンスでは喋ってないので

「ありがとうございます、ご意見感謝します」って返すだけなんですけど、何か噛み合っていないのは何だろうな?と思った時に

やっぱり、趣味は趣味で全然素晴らしいと思うんですよ。

僕の考えですけど、僕の考え、価値観では、趣味は楽しくて、自分の中でやってるとワクワクするもの。

僕だって趣味はたくさんありますよ、別に外に、誰かに発表するようなことは一切必要としないような趣味もたくさんあって

それは、一人でやってて楽しくって、ムフムフしていて、ワクワクしていて、それによって「なんか今日も充実した一日だったなぁ」と感じる。

それは、誰に表現するわけでも、誰に見せるわけでもなく、一人で楽しみが完結していればいいし

少なくとも、仲良い、同じ趣味を持った友達同士で、発表し合ったりする、ぐらいでも全然よくって

そもそも、「自分が好きでやってるんだから、それでいいじゃん」って話だと思うんですよ。

それはそれで良くて、でもSNSでアップします、見せます、ってしてるうちに、途中から心理が変わってくる、という場合もあるんですけどね実際。

「いいね」がポロポロともらえるようになった、そしたら「もっと欲しい、もっと欲しい」となってしまう、とか。

いつも心理のお話の時に説明したりするんですけど、自分の心の中に、欠けた部分とか不足してる部分があると

例えば、喉が渇いてる時に海水を飲むと、余計喉が渇くのと同じで、脳の仕組みも心の仕組みも、人体の仕組み自体が、強い刺激や快楽を得るとより強い刺激を欲してしまう、っていう中毒症状のような形になってしまいがち、というのは本当にありがちで

はじめはそんなつもりもなく、フッとSNS上に作品をあげたら「いいね」をもらえた

で、嬉しくなって、もっと出すようになった

そしたら、もっともらえるようになって、「もっと欲しい、もっと欲しい」と、がっつくようになってしまう、っていうのは、流れ的には全然普通にありがちなパターンですよね。

誰でも経験しがちなパターンで、それ自体は全然悪くなくて、普通に人間らしいよね。

でも、それがどんどんどんどん苦しい方に進んでしまうなら、「何故そうなってしまったのか?」っていう、自分で自分の心の内面を覗いて、自分には何が足りなかったのか、とか自分はどうしてそんな方に進んでしまったんだ、と探ってみる

最初は、自分の趣味で自己完結してたはずなのに、なんで人のいいねとか承認を求めるようになってしまったんだろう?という部分と向き合うべきだと僕は思うんですよ。

そうすると、もともと、自分の幼少期の記憶やトラウマ、いろんなこともあって、自分の心の中に「認めて欲しい、褒めて欲しい、もっと評価されたい、もっとよしよし、いいコいいコして欲しい」という根っこがあった、ってことに気づけるんですよね。

そこと向かい合わない限り、現実はずっと同じことの繰り返し

なぜなら、自分が無意識の、深層心理の部分で、承認を求めてしまうっていう習慣が抜けないから、ということだと思うんです。

で、さらに言うと、その「承認を求めること」自体、別に僕は悪だとは思ってなくて、別に承認を求めようがお金を稼ぎたいと思おうが、人間の欲求、人間の願望って別に良い悪いなく、思うんだったら思えばいいじゃん、っていう考えなんですね。

だって、そもそも夢実現って自分の欲でしょ。

欲を実現したい、チャレンジしたいっていうのを言い方を変えて、「欲まみれ」なのか「夢実現」なのか、ってだけの話であって

自分が幸せになりたい、そのために楽しい人生を送りたい、そのためにチャレンジしたい、で全然いいと僕は思うんです。

ただ、アプローチが違う。

承認されたいんだったら、当然ニーズに応える方向性でマーケティングを学ぶ、だったり、相手、人様、お客様、フォロワーの皆様が求めてる、喜んでくださる方に活動方針を進めていった方が、当然評価されやすいですよね。

どっちを望むも自分の自由。

ちゃんと自分の本心が望むものを見つけた上で、理に適った行動すると、自分がストレスなく、ラクに楽しく生きていけると思いますよ、というお話でした。

というわけで、ぬいぐるみパパでした。


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自分が楽しみたいのか相手を楽しませたいのか、視点の違いが結果の違い

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創作する側は自分主体だと「自分にとって新しい、面白いもの」をやりたがる
でもそれだと世間のニーズと会う確証はほぼない
相手主体だとまず「何が求められてるか」を探るところから始める
するとかなりの確率で評価される
自分を楽しませたいのか相手を楽しませたいのか、視点の違いが結果の違いです

という、普通のことを淡々と言ったつもりですけど、これがなかなか初めての人、ビギナーの人には伝わらなくて。

新しく、若い人で何か自分の自己表現をしたい、クリエイターみたいなことをやってみたい、みんなもやってて楽しそうだから自分もやってみたい、って思った人が、全然わからずに手探りでやってる段階だったら全然いいと思うんですけど

なんか、ずっとずっと(表現はあれかもしれないけど)自分が何をやっても、自分の作品、自分の表現に「いいね」がつかないとか

注目されない、バズらない、っていうことをだんだん屈折してモノを見るようになって、世間が悪いだとかって外に攻撃の矢印を向けたり

もっと言ったら、自分に矢印を向けて、自分が劣っているだとか、自分が存在を認めてもらえないだとか、ネガティブに捉える人とか、本当に多種多様ですよね。

そういった、感情論でモノを考えるのではなく、淡々と現実をありのままに見ましょうね、っていう話を僕は良くするんですけど

何が良い悪いじゃなくて、注目を浴びることが正しいとかじゃなくて、まず現実の世の中で、どんなにSNSやテクノロジー、仕組みが高度になろうが、便利になろうが何しようが、人間の心理って昔から古今東西変わらないじゃないですか。

たくさんの人にアプローチできる、たくさんの人と繋がれる世の中になったから、余計に人の心理っていうのが如実に現実に作用してくる、と僕は思っていて

多数の人が何を求めているのか、っていう世間のニーズをまず探って、求められてるサービス、求められてる人材になろうっていう発想

相手を主体に考える発想で、いろんな景色を見て、いろんな行動や考え方の元にする、ってタイプの人は、そりゃ求められてるものを用意するんだから評価されますよね、いいねされますよね、注目されますよね、人気も出ますよね。

普通のことじゃないですか。

それが良いとか悪いとかじゃなく、ただ現実のこと。

そういうのを一切考えずに、自分がやってみたいことをやる、それは本当に、何かおうちで普通にスケッチブックにらくがきするのと同じような感覚で、「誰に言われた訳じゃなくて、自分でやってみたいからやる」

別にそれも全然悪いことじゃない。

でも、結果として誰に求められてるわけでもないんだから、別に評価はされないですよね。

されるとしたら、自分を可愛がってくれる家族の人とかに「あら?こんな上手に絵が描けたのね」って言われるぐらいなことであって

それも、普通のことじゃないですか。

そこを、感情云々じゃなくて、まず現実を現実として捉える。

「じゃあ、自分はどうしたいのか」と。

別に、絵が上手くなりたいんだったら、絵の練習を家ですればいいさ。

で、それで楽しいんだったら、それを趣味にすればいいさ。

それでも全然いいんです、全然悪くないんですよ。

そこに、承認欲求とか持ってきちゃうと、悪いわけじゃないんだけど「だったら、やることが変わるでしょ?」って話。

マーケティングとか市場調査とかニーズを探るっていう発想がある人だけがその評価を得られる、という当たり前の世の中で、あなただけが

「自分の描きたい絵を描きました」
「自分の自己表現したい工作を作りました」
「自分の好きな歌を歌ってみました」
「動画を作ってみました」何でもいいですけど

それが評価されるかどうかは、求めてる人がいるかどうかで変わってくるわけだから

それって、あなたが(人として)優れてる劣ってるは関係ないんだから、現実そういうものなんだから

そんな世界は、昔から古今東西変わらないんだから

求められている人になるか、求められているサービスや作品を提供するか、そうじゃないんだったら自分の趣味として楽しむ。

自分の趣味として楽しむのでも全然構わなくて、ようは、視点の違いが結果の違いって言うのも、皮肉でもなんでもなく、ただ当たり前ですよねっていうこと。

それだけの話です。

だから、「現実を現実として、ありのまま見ましょうね」「誰もあなたを否定してる訳ではありませんよ」「あなたにダメ出ししてる訳ではないですよ」

でも、そう感じるんだら、自分で、自分が自分にダメ出ししてる、ということになるし、それすらも本来いらないはず。

評価を得たいんだったら、正直に自分で「評価を得たい」って認めて、「そのためには何を学べばいいんだろう?」「どう発想すればいいんだろう?」

「あ、マーケティングっていう勉強の方法があるんだ!」とか「ニーズを掴む、ニーズを探るっていう発想があるんだ!」って、ゼロから学べばいいだけの話なんですよ。

そういう視点で見ると、新しい「ビジネス」というカテゴリーやそういう勉強が、新しい趣味になるかもしれないし、楽しくなってくるかもしれない。

でも、それは興味ないんだったら、別に自分で自分の作品を作ってればいいだけで、それも趣味にすればいいだけの話で

何もこの世に良いも悪いもないです、ただ現実を淡々と見たら、生きやすくはなるよね、っていうお話でした。

というわけで、ぬいぐるみパパでした。


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信じるから裏切られる、でも「仲良くなる」には信じるという概念すら必要ない

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人と交流する経緯が少ない人ほど「信じる」「裏切られる」とか多用する気がします
僕も一時期そう感じてましたが、そもそも信じるから裏切られる訳で、でもそんな概念一切関係なく「仲良くする」ことは可能ですから
お互い依存せず健全な人間関係を築けば信じる裏切るから無縁の人生になると思います

これ、ちょっと解説が必要だなと思うんですけど

僕は、「信じる」って言葉をある時期から使いたくないな、と思って使わなくなったんですよ。

で、そもそも、信じる信じない、とかじゃなくて、信じるって概念を手放そう、と言うか

なんかもう、言葉の通りなんだけど、信じる→期待する→だから、信じた通りにならないと裏切られた、ってなる訳じゃないですか。

じゃあ、そもそも「信じる」っていう事が発生しなければ、そういうことがなければ、「裏切られる」っていう発想が生まれなかったはず、って思ったんですね。

では、信じなきゃいけないのか?って言ったら、友達と仲良くなるってことに「信じる」って必要か、と思ったら、「特に必要ないんじゃないか?」って新たな仮説が僕の中で生まれてきて。

だって、「何かをやってほしい」とか「こうあって欲しい」っていうのは、依存じゃないですか。

自分の一方的な思い込みというか、執着であって。

自分が精神的に自立していて、自分の心が安定していたら、「こうでいてほしい、こんな時こんなアクション、リアクションをして欲しい」っていう期待とか信じるっていう事が、要らなくなるんですよね。

で、もっと言ったら、自分が無理せず、自然体の状態でいて、(いつも言うように)自分が自然体で「こんな私を受け入れてくれる人とだけ仲良くしたいです」というスタンスで生きていて

そんな自分に近寄って来てくれて、仲良くなれた人

(って、最初の人間関係の作り方から見直さなきゃいけない部分なんですけども)

その自分でも「いいよ」って、「その代わり、私も自然体でいるよ」っていう人と繋がってたら、何の不具合も生じないんですよ、僕の経験則から。

今も僕、そうやって人間関係を作ってるんですけど。

僕は誰かに期待をしない、だってその人の気分次第だもん。

で、僕はそれを頼らなくても、自分は心が安定している。

僕がやりたいことは、一人でも淡々とする。

それが、いつも言うギルドとかコミュニティって発想にも繋がるんですけど

僕がやりたいことを「こんなことやりたい!」って言った時に、協力してくれる人は一緒に楽しもうよ、と。

ようは、子供の遊びと一緒ですよね。

この指とまれー」みたいな。

「かくれんぼするー」って言った時に、気分が乗った人だけがワッて集まって、ギルド的に一緒に協力して、何か試練やミッションに挑戦する、遊びをやる、ゲームをやる

で、終わったら散る、っていうのを繰り返す

そんな、ドライだけど、誰も嘘をついてない状態を心地いいと僕は感じるようになって。

そうすると、誰にも依存しないじゃないですか。

自分の自由な時間もあるし、相手のことも尊重できるし、「自分がこれだけ自由にやらせてもらってるんだから、相手の自由も相手の意見も尊重しようよ、考え方を尊重しようよ」っていうのが自然にできる。

綺麗事じゃなく、腑に落ちて、納得したレベルで、行動として実践できる。

そうすると、本当になんか突然、自分が期待してたことと全然違うことをされても「裏切られた」っていう発想にはならないですよね。

「そういう気分だったんだ〜」みたいな。

気の迷いって言ったら変だけど、気が変わって、「あ、そうなったんだ?へ〜」って眺める、という

そんな感覚で、僕はものを見てるんですよね。

だからいつも、来るもの拒まず去るもの追わず、なスタンスだし。

寂しいなって思うことも、ありますよ?

本人がずっと笑顔でいてくれるならいいけど

一時せっかく仲良くなったんだから、ずっと楽しそうに、これからも夢を持って、お互い幸せな人生を歩む上で、別の道を選ぶんだったら全然「いいね〜」と思って眺められるし

たまには「向こうはどうなのかな〜?あ、あんな素敵な活動してるんだ」みたいな風になればいいんですけど

「そっち行ったらしんどいよー」みたいなところを、あえて我を通して、結局僕や僕の周りの仲間達と気が合わなくなって去って行く、だったり

勝手に劣等感だったり、なんか悔しくなったりとか、いろんな感情がもつれて距離が遠くなってしまい、去って行ってしまって、寂しくは感じることは多々ありますけど

それは止めようがないからね。

僕は人を変えたい訳でもないし、誰かをコントロールしたい訳でもないし。

で、そんなのも常に常に、仲間内にもオープンで話して、それでも一緒にこれからも楽しく、遊びながら生きて行こう、っていう感覚を良しとしてくれた人だけで集う。

その居心地の良さというのが、実は「信じる、裏切られる」っていう概念からすらも離れた、健全な人間関係なんじゃないのかな、と思って、僕は楽しく毎日を過ごしておりますという話でした。

というわけで、ぬいぐるみパパでした。


※こちらの記事は全て音声メッセージの書き起こしです

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SNSでは夢だけ見たくて現実を否定する人も多い事実を受け入れる

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本気で夢を叶えるんだったら、心が弱くても大丈夫、知識ゼロでも経験ゼロでも大丈夫、才能なくてもお金がなくても大丈夫
ただ現代社会の固定観念が深く染み込みすぎてるとかなり厳しい
僕が前向きなことを言うと凹んだり怒り出したり不安定になる人がかなり実在します
自ら心と向き合ってみましょう

この話は、多分このタイミングでそういう人たちが周りにたくさんいらっしゃったのを、僕自身が凹んで、寂しくなって、つぶやいたんでしょうね。

もうそれから1年以上、ずっとこのSNSの世界にどっぷりいると、さすがに慣れましたし

やっぱり、前に僕がいた、インターネットでまだ情報が一方通行だった頃と違って、これがSNSの普及したWeb2.0の世界なんだなーって、つくづく感じることがありますね。

何かって言うと、心の準備ができていたり、成功するために夢実現するために、それなりに勉強してきた、ちゃんと準備をして参加してきましたよ、っていう人が、以前は自分から自主的に情報を取りに来るから

僕が話してるコンテンツを購読してくれたり、お金を払ってセミナーに来てくれたり、っていうことで話が通ってる

だからコミュニケーションがある程度円滑に進んだ、ってこともあったんですけど、このSNSの時代って、それこそ学生さんから何も知らない人から、詳しい人もベテランの人も、全く知らないビギナーの人も、なんでもかんでもいる中でお話を進めなきゃいけないので

僕は、経営や事業の経験があって、その話でなるべくお役に立てたらなと思って、決して上から偉そうに言うわけじゃなく、皆さんの、これからチャレンジしていく人の、きっかけとかアドバイスになれたらいいなと思って話してるんですけど

経験した上で言ってる話が、あまりにも現実すぎて、と言うか、それで全くそういう世界、そのフィールドを知らない人にとっては、ショックだったり不快に思うことが多々あったらしいんですよね。

それを、もうさすがに1年半とか見てきてるから、「あ、そういうことだったんだ!だからなんだ!」って思うんですけど。

僕が「人を大切にすることが、ゆくゆくは(当たり前の事なんですけど)商売にとって大切なことで、相手のニーズ、つまり相手の気持ち、相手の心を最優先することで、お金が儲かるようになりますよ」

「つまり、自分が豊かになりたければ、人のために何ができるか、を常に考えた方がいいですよ」みたいなこと言うと

「きれいごとだ!そんなわけねーじゃねーか!偽善者が!」みたいな話になったり、とかっていうこともあるんですよね。

どっちが現実を語ってるのか、と言い出したら討論になってしまうから、僕は別にその人を否定するつもりはないんですけど。

いろんな人がいて、それこそ現実社会でストレスを抱えてる人だとか、色々苦しい立場にいる人が、鬱憤を晴らすためにSNSをやってるところもあって

「その世界では夢だけ見せてくれよ」「現実論を語らないでくれ」という側面もあるんだな、ってすごく勉強させていただいたことも過去あったりして

そんなこんなで、僕としても経験を積んできて、たくさんの人と関われば関わるほど、僕が学ぶ機会をいただけてるんで、「よかったなー」とは思ってるんですけど

でも、そんな僕が経験則として、「これはみんなも再現可能だよね」っていう話をすると、何かこう心がザワザワして、不安定になって、「いやいやいや」と絡んできたり。

中には、一攫千金狙い、みたいな発想の人も結構多いんですよね。

一攫千金、まぐれ狙いしか狙ってない、とかバズる事しか狙ってない。

だから、きちっと一個一個積み上げて、信頼を勝ち取る、人間関係を作る、とかっていう話が「聞いてると気分悪い」っていう極端な人も本当にいらっしゃって

「そっか、もうコミュニケーションが成立しないな…」と思って、そういう人達をもちろん悪く言うつもりは一切ないので、なるべく心穏やかになってくれたらいいなぁと思いつつ、僕も距離を取るようにしてるんですけど。

そういう思いも込めて、僕は今後も活動を続けていきます。

どんな人にも可能性はもちろん無限にある、と僕はずっと思ってるし、確信してるし、そういうケースをたくさん見てきたので。

別に弱くても全然大丈夫だし、僕が弱いんでね。

僕は決して強くはなれなかったので、弱いまま、繊細なまま、気にしいなままでも、チームを組んで、みんなと協力すれば何だって出来る、っていうのを経験で知っている

才能がなくても、ゼロから学べばいいだけの話だし

本当にやりたいことを「自分がやりたいんだから」って、何を言われようと続けてれば、結果として時間の経過と共に、成果が上がってくるのは当然だよね、って言うのを、過去実際に経験してきて

淡々と、事実だけを受け止める、って言う事をやってきたんだけど

それは綺麗事だ!そんなわけない!っていう人も必ず存在する、っていうことも受け入れなきゃいけないし

僕らのいる今、このSNSの、web2.0の世界ってのは、そういう人もいて、やっかむ人もいて、だけどそれを責めてたら衝突や争いになってしまうから

そういう人は、そういう心理になってしまう環境で生活してたんだから、仕方ないじゃん」と。

「それを責め出したら、責めてる人とあなたも変わらなくなっちゃうよ」と。

現実を全部受け入れた上で、僕らがどこへ行きたいか、僕が何をしたいか、それは常に、人を見るんじゃなくて自分の本音、本心と向かい合いましょうっていう方向に、矢印が向かって行けたらいいな、と思ってこんな話をしました。

というわけでぬいぐるみパパでした。


※こちらの記事は全て音声メッセージの書き起こしです

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